公式には語られなかった“もう一人の存在”
バッツたちの激闘の末、エクスデスは「無」の力を取り込み、“ネオエクスデス”へと変貌した。
その瞬間、世界は砕け、次元がねじれ、現実すら曖昧になっていった。
だが、誰も知らなかった。
その崩壊の裂け目に、ひとりの旅人が巻き込まれていたことを──。
彼の名はドル。
戦士でも、魔導士でもない。
ただの風来坊で、記録にも記憶にも残らぬ「空白の存在」だった。
◇存在しない者
「……あれ? 俺、生きてる?」
ドルが目を覚ました場所は、白と黒の波が交錯する「無」の世界だった。
時間も、重力も、音さえもなく、ただ存在そのものが希薄になる空間。
けれどドルは、なぜかそこに立っていた。
「なんだここ……夢か?」
──否。これは夢ではない。
無に飲まれた世界の“はざま”。
エクスデスが自らの身体と引き換えに創り上げた、絶対的な無の領域だった。
「……また、“残りカス”が紛れ込んだか」
その声が聞こえたとき、世界の端から闇が迫ってきた。
現れたのは、異形の存在──ネオエクスデス。
腕も顔も翼も混ざり合い、怒りも哀しみもない表情で、ただ存在を消し去ることのみを望む存在。
「おまえは誰だ?」
「ドル。……ただの通りすがりさ。お前みたいな奴に興味はないよ」
「すべての記憶 すべての存在、すべての次元を消し……
そして、私も消えよう……永遠に!!」
ネオエクスデスの叫びと共に、無限の無の波が押し寄せる。
「……やれやれ。めんどくせぇのに巻き込まれたな」
ドルは静かに腰に下げた“古びたオカリナ”を手に取り、口にくわえた。
◇音のない空間に響いた旋律
オカリナの音が、次元の空間に柔らかな波紋を生んだ。
「何だ、これは……?」
ネオエクスデスの動きが、一瞬止まる。
ドルは吹き続ける。
旋律は、不思議な力を帯び、存在が溶けかけた空間に“境界”を生んでいく。
それは「存在を忘れられた者」の旋律だった。
過去も未来もない、誰の記憶にも残らない、ただそこにあった命の証。
「なぜ、お前に……“無”が干渉できない……?」
「俺自身が“誰にも覚えられない存在”だからさ。
でも今だけは、俺自身の存在を奏でてみても……いいよな?」
ドルの身体が淡く輝く。
その光は、ネオエクスデスの放つ無とは違い、温もりを感じさせるものだった。
「すべてを無に帰す……私の邪魔を……するな!!」
「──させないよ」
ドルは最後の音を吹き鳴らし、自らネオエクスデスに向かって跳んだ。
◇記憶の果て
バッツたちがネオエクスデスを打ち倒した瞬間、すべての無は崩壊し、次元の狭間は閉じた。
世界は元に戻り、人々は平和を取り戻した。
だが──
レナ「ねぇ、みんな……“ドル”っていう名前、どこかで聞いたことない?」
ふと立ち止まったレナの問いかけに、仲間たちは顔を見合わせる。
ファリス「ドル? 誰だそいつ。あたしの記憶にはないな」
クルル「……うーん。どこかで聞いたような……
でも、はっきり思い出せない。夢で見たような気もするけど……」
バッツ「変な話だな。そんな名前のやつ、旅の途中で出会ったことなんてないだろ?」
レナ「……そう、だよね。私も、はっきりとは思い出せないの。でも……何か、心に引っかかるの」
四人はしばらく沈黙した。
風が草を揺らし、空の遠くで鳥が鳴いていた。
誰も知らない。
誰も覚えていない。
けれど、風のささやきの中に、どこか寂しげなオカリナの音が、確かに残っていた。
◇終わりなき“忘れられし英雄”
「……俺は、ここでいいさ」
消えゆく次元の片隅で、ドルはひとり、空を見上げていた。
身体は半透明になり、やがて何も残らなくなるだろう。
けれど彼の心は満たされていた。
「誰にも覚えられないってのも、悪くないよな」
風が吹く。
光が差す。
何もないはずの空間に、わずかに“音”が残っていた。
それは、誰にも知られぬまま、世界を救った者の“証”だった。

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