工場の深夜ライン作業で星になった男──ドルという作業員の最後の夜

トピック

星になった作業員ドル

 

黙々と働く「深夜番」の男、ドル

ドルは静かな青年だった。

昭和の時代から稼働を続ける古びた工場。そこでは24時間、機械のベルトが回り、蒸気の音が天井にこだました。ネジのひとつ、パーツのひとつが狂えば、生産ライン全体が止まる。人も機械も、疲れることは許されなかった。

この工場は3交代制で回っていた。朝番、昼番、そして…もっとも過酷な「深夜番」。ドルは、ずっとその深夜番だった。

他の作業員たちは、せめてもの救いとしてローテーションしていたが、ドルは違った。彼は文句一つ言わず、静かに夜の帳とともに工場に現れ、黙々と働いた。深夜の空気に身を染め、月明かりに照らされながら。

月に21日出勤、1日8時間。月給は17万円。手取り14~15万円。

残業を1カ月フルにしても30万円にもならない。

それでもドルは、遅刻も欠勤もなく、時間通りに出社した。

「ドルってさ、いつ寝てんだろうな」

「人間かどうか、怪しいよな」

工場の同僚たちは、冗談混じりに言った。でも、誰も彼のことを嫌ってはいなかった。むしろ、不思議と安心できる存在だった。

静かに「機械を愛する」夜の守り人

ドルがいる夜は、機械が止まることがなかった。ネジ一本の異音にも、彼はすぐに気づいた。工具を持ち、無言で修理し、またラインは動き出す。

誰よりも工場を知り、誰よりも機械に愛されていた。それが、ドルという男だった。

けれど、彼がいつからこの工場にいるのか、誰も知らなかった。

採用記録をさかのぼっても、彼の名前はない。

休憩室のロッカーには、彼専用のものがあったが、誰も中を開けたことがなかった。いつも鍵がかかっていて、ドル以外は開けられなかったからだ。

ある日のこと。

新しく配属された若い作業員が、深夜番に回された。

ドルと2人きりで作業することになったその夜、彼はぽつりと尋ねた。

「ドルさんって、どうして夜ばっかりなんですか?」

ドルは工具を動かしながら、ふと手を止めた。

「夜は、静かだから好きなんだよ」

それだけだった。

けれど、その目はどこか遠く、星空の奥に吸い込まれるような深さを湛えていたという。

深夜2時13分──工場作業員ドルが消えた

その数週間後のこと。

事件が起きた。

夜の生産ラインが突如停止した。制御パネルは真っ赤に点滅し、緊急停止のアラームが鳴り響く。

作業員たちが駆けつけたとき、そこには誰もいなかった。

ただ、ラインの中央に、ドルの作業帽だけがぽつんと落ちていた。

そして天井のハッチ──滅多に開けることのない、メンテナンス用の天窓が、ぽっかりと開いていた。

ドルは消えていた。

工場の中から、文字通り、忽然と姿を消したのだった。

警察が調査に入ったが、監視カメラの映像には奇妙な記録しか残っていなかった。

深夜2時13分。ラインが自動停止する3秒前。

カメラは確かにドルを捉えていた。

そして、彼は星になった

だが、次の瞬間──彼の体がぼんやりと光りだし、次第に透けていき、星のような粒になって、空へと浮かんでいったのだ。

その映像を見た作業員たちは、絶句した。

そして、誰かが言った。

「…星になっちまったのか、ドルは」

それからというもの、工場では奇妙なことが起こり始めた。

深夜2時13分、必ず一瞬だけ、電灯が明滅するようになった。

その瞬間、どこからか微かな笑い声が聞こえることがあるという。

「よぉ、今日も動いてるな」

それは、あの静かな声だった。

さらに、どんなに老朽化した機械も、必ずその時間帯にだけ、正確に稼働するようになるのだ。

誰かが冗談交じりに言った。

「深夜番の守り神がいるみたいだな」

月給17万円で働き続けた先に

やがて工場の屋上には、小さな星がひとつ、夜空に輝くようになった。

肉眼では見えないが、写真にだけ写るその光は、「ドル星」と呼ばれ、工場の仲間たちのあいだで静かに語り継がれていった。

数年後、工場は最新鋭の設備に生まれ変わり、完全自動化された。

人の手はほとんど要らなくなり、かつての3交代制は廃止された。

だが、深夜2時13分だけは、ラインが数秒だけ停止するプログラムが、なぜかシステムの奥に組み込まれていた。

誰が入れたのか、誰にもわからなかった。

しかし、そこにはこう記されていた。

【DORU MODE】
──夜を見守る者へ。

そして、今でも工場の屋上にカメラを向けて、深夜2時13分の空を写真に収めると、かならず小さな星が写るという。

それは、今も黙々と夜の工場を見守りつづける、ひとりの作業員の魂。

誰よりも静かで、誰よりも機械を愛した──

ドルという名の、星の話だ。

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