核の影に生きる ――瓦礫都市のドル
瓦礫の街は、常に低い唸りを上げていた。
耳を澄ませば、崩れ落ちるコンクリートの欠片、割れたガラスが風に震える音、遠くで倒壊したビルの骨組みが軋む響き。すべてが死んだはずの都市の残響だった。
数年前、空に落ちた白い光が世界を焼き尽くした。新聞もラジオも、正確なことは伝えなかった。ただ「攻撃」とだけ。だが誰が引き金を引いたのかは、今となってはどうでもいい。街は死に、人は死に、放射能に蝕まれながらわずかな生き残りが這い回るだけだ。
俺はその一人だった。
遭遇
夜、崩れた高速道路の下で、俺は小さな焚火に手をかざしていた。風が冷たい。ビルの谷間は風の通り道になっており、残された体温を容赦なく奪う。
足音が近づく。廃墟での足音は命取りだ。俺は咄嗟に、鉄筋の影に身を隠し、錆びた鉄パイプを握った。
「そんなもん振り回したって、俺は驚かねえぞ」
低い声が闇に溶けた。目を凝らすと、長いコートを羽織った男が立っていた。片手には古びたサバイバルバッグ、肩からは散弾銃がぶら下がっている。
男は火を見て、俺を見て、笑った。
「久しぶりに人間の匂いを嗅いだ。お前、生き延びてるな」
彼の名は ドル だった。
ドルという男
ドルは妙なやつだった。無骨で荒っぽいが、どこか達観した雰囲気を纏っている。核の光を浴びた日を「再起動の日」と呼び、酒でも飲むような調子で語った。
「全部壊れたほうがいいんだ。元の世界は、どうせ自分の首を締めてた」
彼の眼差しは鋭く、それでいて諦めを含んでいた。
俺は最初、彼を信用しなかった。だが数日一緒に過ごすうちに、ドルの異常なまでの生存能力を知った。
放射線の強い区域を鼻で嗅ぎ分け、瓦礫の隙間から食料を見つけ出し、壊れた給水塔から雨水を濾過して飲み水を作る。誰が教えたわけでもない。まるで都市そのものに同化しているようだった。
「なあ、坊主」
焚火の横で、ドルは俺に語りかけた。
「俺たちの命なんて、核の灰に比べりゃちっぽけだ。けどよ、まだ歩いてるってことは、まだ世界が俺らに用事を残してるんだろ」
生存の日々
俺とドルは都市を彷徨った。
デパートの残骸で缶詰を漁り、地下鉄のトンネルを越えて隣区画へ移動した。地下は暗黒の世界で、放射能を避けた人間たちが野犬のように群れを作って潜んでいた。
ある日、地下で一団に囲まれた。飢えた目をした連中が、俺たちの荷物に目をつけたのだ。
「それを置いていけ」
鉄パイプを振り上げる影。緊張が走る。
その瞬間、ドルの散弾銃が火を吹いた。爆音がトンネルに反響し、群れは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
俺は震えながら言った。
「殺す必要は――」
ドルは冷たく遮った。
「生き残りたきゃ、ためらうな。ここじゃ甘さは毒だ」
彼の言葉は重かった。生き残るとは、正義や倫理を捨てることでもあった。
変わり果てた空
ある朝、ドルは瓦礫の屋上に俺を連れていった。
空は鈍色に濁り、黒い雲が低く渦巻いている。遠くの地平には、核の火柱の跡がまだ霞のように立ち昇っていた。
「見ろよ。これが俺たちの空だ」
ドルの声は乾いていた。
「昔は青かったんだろうが、もう戻らねえ。戻す必要もねえ。俺たちはこの空の下で、新しい生き物になっちまったんだ」
俺はその言葉に背筋が凍った。
けれど同時に、彼の諦観の中に、確かな希望を感じた。
最後の選択
それから数週間後。俺たちは廃墟の病院にたどり着いた。そこには奇跡のように生き残った発電機があり、わずかな明かりが点っていた。
だが、中には別の生存者たちがいた。彼らは秩序を作り、食料を分配し、外の者を拒んでいた。
「俺たちは仲間になれない」
ドルはそう断言した。
「秩序は人を縛る。俺はもう檻の中には戻らねえ」
だが、俺は迷った。秩序の中にこそ生存の可能性がある。瓦礫を彷徨うより、集団に入った方が確実に生き延びられる。
その夜、ドルは焚火の横で静かに言った。
「坊主。お前は残れ。俺は行く」
「なぜだ」
「俺の居場所は、瓦礫と風と灰の中だ。檻の中じゃ俺は腐っちまう」
翌朝、ドルは姿を消していた。
終章
病院の屋上から、俺は街を見下ろした。
瓦礫の海、沈黙したビル群。遠くの高速道路の影を、黒い点が歩いていく。
あれはきっとドルだ。
都市は死んだ。だがドルは生きていた。
彼の生き方は狂気に見える。けれどその狂気こそ、この終末を生き抜く唯一の力なのかもしれない。
俺は胸の奥で小さく呟いた。
「また会おう、ドル」
鈍色の空に、放射能の雨が静かに降り始めていた。

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