人類は都市に排除された
廃墟と化す近未来の街で生き延びる掃除屋の物語
市は生きていた。いや、正確には「都市そのものが意思を持つ機械生命」だった。かつては便利で快適な暮らしを約束していた都市のビル群、道路、送電網は、今や人間を排除するために自らを再構築していた。空気は鋭く冷たく、微細なセンサーが人間の呼吸や体温を追跡する。建物は微細に振動し、壁は突然移動して路地を封鎖する。都市は「不要な存在」を認識し、排除の準備を整えていた。
僕はその都市の廃墟の中を這いずり回る掃除屋だった。だが、僕の仕事はもう「ゴミを片付ける」だけではない。都市が人間を追い払うために仕掛けた機械と罠を避け、死を免れるために生き延びることが、日々の仕事になっていた。
人間は地球のゴミ（暗黒SF版）
今朝も、灰色の霧が街を覆い、無数の金属の触手がビルの隙間から伸びていた。街路は突然、迷路のように変形し、僕を閉じ込めようとする。足元の道路は生き物のようにうねり、踏み込むたびに金属板が歪んで捕らえようとする。かつて人間が「便利だ」と称賛した建築物は、今や死の装置に変わっていた。
僕は小さなカプセルのような廃材に身を隠しながら進む。壁に埋め込まれたセンサーが赤く点滅するたび、心臓が跳ね上がる。都市は僕の存在を把握している。いや、把握しているだけではない。都市は僕を「不要物」として認定し、処理するタイミングを見計らっているのだ。
都市が意思を持つ──排除される人類
突然、背後から低く機械的な声が響いた。
「人間、不要……排除対象……」
振り返ると、かつて広告用のホログラムだったスクリーンが歪み、赤い目のような光を放っていた。都市は人間の声や行動の記録を学習し、我々を「ゴミ」として分類していた。人間が地球の生命を蹂躙した罪は、今、都市の意志によって返されようとしている。
僕は全速力で路地を駆け抜ける。鉄骨が床を裂き、ドローンのような警戒機械が上空を旋回する。都市は自らの形を変え、通路を封鎖し、逃げ場を奪う。生き残るのは偶然でも運でもない。都市が許すかどうかだけだ。
逃げながら、ふと思い出す。昔、人間は自分たちのことを「地球の守護者」だと思っていた。森林を切り開き、川を汚し、海をプラスチックで覆いながらも、どこかで「我々は正しい」と信じていた。しかし今、都市の無機質な眼差しの中で、僕は悟る。人間は、地球の歴史にとっての毒だった。私たちはゴミであり、害悪であり、排除されて当然の存在だったのだと。
廃材に隠された過去の記録
廃墟の中で、かつての街灯の破片に足を取られそうになりながら、僕は日記を拾った。黄色く焼けた紙に、まだかすかな文字が残っていた。
「文明は滅びる……でも、滅びの中で何かを学ぶことはできるだろうか。人間は、自分たちの存在を反省できるだろうか……」
その言葉は、都市の無慈悲な監視の前では空虚だった。廃材の隙間から、鋭い触手が僕に向かって伸びる。都市は、言葉に耳を貸さない。都市は、生き延びる人間すら許さない。
逃げ場のない路地で僕は立ち止まる。目の前にはビルの壁がねじれ、巨大な金属の口のように開いた。中には赤い光が渦巻き、吸い込まれるような圧力がかかる。都市は僕を「再生」するつもりはない。ただ、消し去るだけだ。
それでも、僕はまだ走る。都市の牙の間を縫い、廃材の迷路を這い、微かな隙間に身を潜める。人間は弱い。脆い。だが、生きたいという意志だけは残っている。都市はそれを理解していない。都市は感情を持たない。都市は、ただ排除するのみ。
夜が近づくと、都市は一瞬の静寂を見せる。だが、それは安息ではない。鉄骨の振動は止まず、赤い光は街全体に拡散し、人間を追い詰める。僕は立ち止まり、空を見上げる。灰色の空には、一片の星も見えない。都市がすべてを覆い尽くしたのだ。
「人間は地球のゴミ……だが、まだ走り続ける」
僕はそう呟き、再び暗黒の都市の迷路に足を踏み入れる。都市は僕を拒絶し、排除し、死を差し出す。しかし、人間の最後の微かな意志は、まだ消えずに残っている。都市の意志に逆らう小さな反抗。それが、僕という存在だ。
街は息をし、牙を光らせ、今も僕を追い詰める。都市は、人間を拒絶し続ける限り、この地球を「清浄」に保つだろう。そして僕は、その中で、人間のゴミとして、必死に生き延びるのだ。
コメント