「カタヌキ屋のヤンキー店員と少年の夏」──夏祭りで出会った“ドル兄”と小さな勇者の挑戦

トピック

カタヌキ屋のドル兄と、夏の挑戦

お祭りでカタヌキに挑戦する少年

夏祭り 夜の縁日

毎年、町内の神社で開かれる夏祭り。
赤提灯の光が並び、かき氷、焼きそば、金魚すくいといった屋台がずらりと並ぶ。
浴衣の女の子たちがはしゃぎ、子供たちの笑い声が夜の空に響く。

小学四年生のぼく、ユウトも、その日を指折り数えて楽しみにしていた。

「今年は絶対、カタヌキに挑戦するんだ!」

そう友達に宣言してから、ぼくは毎日つまようじでビスケットを削る練習をしていた。
あれは簡単そうに見えて、ぜんっぜん簡単じゃない。力を入れすぎるとパキッと割れてしまうし、慎重すぎると時間が足りない。

小学生ユウトが型抜きに挑戦しようとする理由

だけどどうしても挑戦したかった理由がある。
それは、“ドル兄”がいるからだ。

町内の小学生たちの間では知らない子はいない。
金髪リーゼントにピアス、龍の刺繍入りのタンクトップ。誰がどう見ても「ヤンキー」な風貌のその男が、型抜き屋を開いているのだ。

「ドル兄のカタヌキ、まじで無理ゲーらしいぜ!」

「成功したら1000円くれるけど、ほとんど無理。三年に一人成功するかどうかって…」

「でも、ドル兄、意外と子どもに優しいらしいぞ」

そんな噂が、僕の心をざわつかせた。


ドル兄との出会い

型抜き屋台のヤンキー店主「ドル兄」

夏祭り当日。
浴衣を着た母と神社まで歩き、到着するなり「友達と回るから!」と告げてすぐ離れた。
友達と合流し、射的やヨーヨー釣りをひととおり遊んだ後、ついにあの型抜き屋の前へたどり着いた。

「……ここだ」

木製の台の上に小さなイスが並び、そこには数枚の型抜き用の板が置かれている。
星、動物、恐竜、そして一際複雑そうな「ドラゴン型」もある。

その奥に、腕を組んで立っていたのが、あのドル兄だった。

金髪にサングラス、腕には刺青のようなタトゥー風シール、口には爪楊枝をくわえていた。
近づくだけでビビりそうになったけど、彼の視線がこちらに向くと、思わず背筋が伸びた。

少年とドル兄のやり取り、ちょっと怖くてちょっと面白い空気感

「お?坊主、やってくか?」

「……はいっ!」

ぼくは震える手で100円玉を渡した。

「よし。選びな。簡単なのもあるけど……どうする?」

「これで!」

ぼくが指差したのは、中難度の“クジラ型”。

「お、いいね。勇気あるじゃん」

ドル兄はニヤリと笑い、型抜き板と細い針のような棒を渡してきた。

「いいか。これな、力入れると一瞬で終わる。けど、ビビってちゃ進まねぇ。女の子の手、触るくらいの気持ちでな」

「え?」

「いや、まだ早かったな。忘れろ」

周囲の子供たちからクスクスと笑い声が漏れる。
でも、なぜか少し緊張がほぐれた。


真剣勝負、型抜き開始

クジラ型に挑戦するユウト

ぼくはしゃがんで、型抜き板をじっと見つめた。
周囲の音が遠くなる。お祭りの喧騒が、まるで別世界のように感じる。

「息止めるな。呼吸してけ。リズムが大事なんだよ」

ドル兄が低く、でも優しい声で言った。

針の先を、ほんの少しだけ板に当てる。
削る、削る、削る……。

途中、手が震えて何度も心が折れそうになる。
だけど、やめたくなかった。あのドル兄に「すげぇな」と言ってもらいたかった。

時間はどれくらい経っただろう。10分?20分?

集中しすぎて手がしびれてきた頃、ようやく最後のラインが削れた。

「……で、できた」

ドル兄のアドバイスと励まし 拍手と歓声

息を呑んで、ぼくはそっと型を持ち上げた。
――割れていない。

「おおおっ!成功したぞー!!」

誰かの叫び声とともに、拍手と歓声が起こった。

「マジかよ……坊主、お前、天才か?」

ドル兄がしゃがみ込んで、クジラ型をそっと手に取った。

「完璧だ。ここまで綺麗なの、見たの三年ぶりくらいだわ」

「本当に……成功、ですか?」

「成功だ。約束だろ?よくやったな」

ドル兄はポケットから1000円札を取り出して、ぼくの手に握らせた。

その手は大きくて、ちょっとゴツゴツしていたけど、とてもあたたかかった。

「坊主、お前、型抜きに向いてるよ。将来、“型抜き職人”ってのもアリじゃね?」

「……やってみたい、かも!」

「よっしゃ。来年は“伝説の型”用意しとくわ。マジで。でっかいドラゴン型とかよ」

「うわ、それ絶対ムズいやつ!」

二人で顔を見合わせて笑った。


締めくくり

花火とともに心に残る夏の記憶

祭りが終わる頃、ぼくは1000円札をポケットに入れながら、型抜き板を記念に持ち帰った。

「これ、宝物にしよう」

空には花火が上がっていた。
パーンと音がして、大輪の花が夜空に咲く。

その光の中に、ドル兄の笑顔が、いつまでも残っていた。

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