【夏祭りの夜、ポッポ焼きに誘われて】
──懐かしさと謎が香る蒸気の向こうに、あの少年・ドルがいた。
■ 昭和の香りただよう夏祭りへ
「あっ、ポッポ焼きの匂いする!」
蝉の声が遠のくような夕暮れ、僕と友達のドルは、地元の八坂神社で開催される夏祭りにやってきた。
屋台がずらりと並び、金魚すくい、りんご飴、射的の音にまぎれて、ひときわ香ばしい蒸気の匂いが鼻をくすぐる。それが、ポッポ焼き──。
「ドル、ポッポ焼きって知ってる?」
「知ってるよ。あの黒くて、もちもちして、ちょっと懐かしい味のやつでしょ?」
ドルは笑いながら、浴衣の袖を軽く揺らし、僕の手を引いて人混みの中へ入っていった。
■ 蒸気の向こうの不思議な露店
ポッポ焼きの屋台は、提灯の灯りのなかでぼんやりと湯気を立てていた。
しかし──どこか変だ。
のれんに書かれた文字は「ぽっぽ焼き」ではなく、なぜかひらがなで「ぽっ歩焼き」と書かれている。しかも屋台の主人は、どこか時代がかった和装を着ていて、まるで昭和初期の映画から出てきたような風貌。
「……変わってるな、この店」
僕がつぶやくと、ドルはじっと主人の動きを観察していた。
「この人さ、さっきからポッポ焼きを焼きながら、何か呪文みたいなことつぶやいてない?」
「呪文って(笑)まさか〜」
でもよく耳を澄ますと、確かに主人は、
「ぽっぽぽっ歩、ぽっぽの味は、記憶を運ぶ…ぽっぽぽっ歩…」
と繰り返していた。
■ 一口で蘇る、忘れていた景色
「一本、食べてみなよ」とドルにすすめられ、僕は焼きたてのポッポ焼きを一本買った。
もっちりとした口当たりに、黒糖のやさしい甘さが広がった瞬間──
ザァアアアア……
突然、目の前の風景が一瞬ゆらいだ。
気づけば、僕は小学生のころの夏祭りの風景の中にいた。亡くなった祖母と手をつないで、同じこの神社を歩いていた記憶だ。
「ばあちゃん……!」
涙が出そうになったそのとき、再び現実へ戻った。
となりでポッポ焼きを頬張るドルが、ニヤリと笑っていた。
「それ、記憶のポッポ焼きって言うらしいよ。食べると、一番懐かしい思い出に会えるんだって。」
■ 夜の終わりに見た、もう一つの景色
気づくと、屋台の「ぽっ歩焼き」はすでに片付けられ、煙も匂いも消えていた。
「さっきの屋台、どこ行ったんだろう…?」
「ふふふ……あれは、“過去の屋台”なんだよ」とドルは言った。
「え?」
「ほんとうに懐かしい人の“心”にだけ現れる、夏の幻さ」
そう言って、ドルはまた屋台の明かりのなかへ溶けていった。
■ 終わりに:ポッポ焼きは、記憶を焼く
その日から、僕は夏祭りに行くと、無意識にポッポ焼きを探すようになった。
けれど、あの「ぽっ歩焼き」の屋台は二度と現れていない。
……ただ一つ、確かなのは、あの夜、ドルが隣にいたこと。彼と食べた一本のポッポ焼きが、僕の中にしまわれていた大切な記憶を、ふわりと焼き起こしてくれたということだ。

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