【序章:失われた地図“記憶の幽霊ドル”】
西暦2284年。人類は“意識データ”を転送し、身体を捨てて銀河間を旅する時代になっていた。
記憶をデータ化し、惑星間移住に活用する新たな社会。その中心地に存在するのが、記憶再編の惑星《メモリーノヴァ》──失われた記憶を再構築するために開発された人工惑星である。
主人公・レオンは、ある日突然、自分の記憶の中から「母親」の存在だけが抜け落ちていることに気づく。
「君に“母親”はいないよ。最初から存在しない記憶さ。」
周囲の誰もがそう言うなか、レオンはひとり、《メモリーノヴァ》へと向かう決心をする。
【第1章:メモリーノヴァの旅人】
惑星に降り立つと、空は紫がかった光で包まれ、空中には無数の記憶データがホログラムとして漂っていた。
レオンが足を踏み入れたのは、「記憶の市場」と呼ばれる区域。そこには、他人の記憶が取引され、過去の一瞬が安価で売られている。
「記憶は財産、感情は通貨」と言われるこの世界で、レオンは奇妙な老人に声をかけられる。
「あんた、記憶を“取り戻し”に来たのかい? それとも“削除”しに来たのか?」
老人の名はドル。
金色の義眼と、体の一部がAI義体でできた旅商人。かつてメモリーノヴァで記憶を売り続け、自分が誰だったかも忘れてしまった男。
彼は今、自分自身を“記憶の幽霊”と呼んでいた。
【第2章:記憶回廊とパスコード】
ドルの案内でレオンは「記憶回廊」と呼ばれる深層層に潜る。
そこはユーザー本人しか入れない空間だが、ドルは特殊な「共感装置(エンパシー・リンク)」を使って同行できるという。
「あんたの記憶に、何か“異物”が混入してる。…見えるか? あの黒いノイズが、母親の記憶を覆ってる」
それは、他人の記憶を上書きする“記憶感染体ミーム”──通称「オブリヴィオン」。
ドルの記憶にもかつて寄生し、彼の過去を失わせた存在だという。
【第3章:母の名前】
感染体との接触は、記憶の崩壊を意味する。
レオンは、ドルの助けを得て記憶の核に辿り着き、「母」との最後の記憶──それは静かな祭りの夜、ポッポ焼きの屋台の前で手を引かれていた幼き日の情景──を取り戻す。
「あの人は…“エナ”……」
記憶の中心にいた母の名をつぶやいた瞬間、黒いノイズが消滅する。
ドルがにやりと笑う。
「これであんたの“心”は戻った。…じゃあな」
【最終章:旅立ち】
記憶を取り戻したレオンは、惑星を去ろうとするが──ふと振り返ると、ドルの姿が消えていた。
管理AIの声が言う。
「ドル。かつてこの惑星を守るため、自らの記憶を生贄にしたエージェント。今は、記憶の風として流れています」
レオンは静かにつぶやいた。
「じゃあ……彼自身の記憶は?」
風の中で誰かの声が笑ったような気がした。
【エピローグ】
帰還したレオンの記憶には、母の姿と、もう一人の男──
「ありがとう、ドルさん。」
──という声が、確かに刻まれていた。

コメント